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開店休業の記

今日のマンガ

海の魚鱗宮

 『海の魚鱗宮』(山岸凉子:作 文藝春秋)、読了。

 『吉野朔実は本が大好き〔吉野朔実劇場 ALL IN ONE〕』の1篇(「読書の連鎖」424ページ)に、作者が本を読んでいて山岸凉子のタイトルは忘れてしまったある短編を思い出し、読みたくなって山岸凉子の短編集を次々と買って(書いてあるだけで5冊も!)読むのだけど、見つからない、ついには『日出処の天子』(入ってないって・・・)まで読みだしてしまう、というのがありました。

 で、結局、その短編のタイトルはわからずじまい。気になっていたのですが、最近、『悪夢』というタイトルのお話らしいということが判明しましたので、収録されている本書を読んでみました。

 わたしも山岸凉子は『日出処の天子』といくつか短編を読んでいます。高い評価に違わぬ優れたマンガ家さんだとは思っているのですが、それほどたくさんは読んでいません。

 だって、怖いんですもん、この人のマンガ。

 おまけにすごく居心地の悪い世界を丹念に描く人で。

 本書も『悪夢』を含め収録5篇、そういうマンガばかりで、「うううぅぅぅっっっ・・・」と心の中でうめきながら読んでいて、なかなかページが先に進みませんでした。

 絵は、スラリとした細くて硬質な線、書き込みは少なめで画面は白さが目立ち、繊細で潔癖さと脆さを同時に感じる、そう、わたしはいつも陶器やガラス細工を連想します。で、その裏には横溝正史ばりの怪奇とドロドロの情念がうごめいているという。そして、その危うげな世界は常にいやーな感じの張りつめた空気で覆われており、今にも無残に砕け散りそうで・・・、ひっっっ・・・。

今日の本

おばけのこ

 『おばけのこ』(テルヒ・エーケボム:著 稲垣美晴:訳 求龍堂)、読了。

 フィンランドの絵本です。原作は2013年に出たものらしいです。

 1ページ1枚の絵。それが200枚以上ですから絵本としては長編。ときどき絵の下に短い言葉が添えられています。ひらがなで書かれています。なので、小さい子どもでも読めることは読めると思いますが、「こころがきずだらけになったから」で始まるこのお話は、子どもより大人向けのような気がします。

 山のそばの闇に覆われた深い森。ずっと昔、悲しいことがあったといううわさのその森に、ある女性が一人ぼっちで暮らし始めます。そこで出会ったものとは。

 灰青の濃淡で描かれたモノクロームの絵。静謐である一方、とても寂しい雰囲気。女性の心象が表現されているのか、寒々とさえ感じます。

 あえて崩したような頭身のバランス。一見、木らしくない、デフォルメされた木々が立ち並ぶ森。古代の絵物語のようでもあります。

 独特で不思議な世界。だれでも楽しめる、というものではないような気がしますが、わたしは好きです。

 冒頭、古今和歌集878番「わか心なくさめかねつさらしなやをはすて山にてる月を見て」が引用されていて、少し驚きましたが、これは著者によるものでしょうか?

今日の本

「おかえり」と言える、その日まで

 『「おかえり」と言える、その日まで』(中村富士美:著 新潮社)、読了。

 著者は民間の山岳遭難捜索チームの代表。もともとは看護師をされていたそう(本書発表時点ではそちらも続けられているらしいです)で、十数年前にインストラクターとして参加していた救急対応についての講習会に山岳救助に携わる人がいたことをきっかけに、この活動に入られたのだとか。

 副題「山岳遭難捜索の現場から」ということで、著者が実際に捜索を行った山岳遭難の事例を6つ紹介し、登山者はどんな時にどんな場所で遭難するものなのか、捜索はどのように行われるのか、そして残された家族は・・・、といったことを教えてくれます。

 時々「〇〇山で登山者が行方不明、××人体制の捜索隊が・・・」といったニュースが伝えられますが、登山の経験がほとんどないわたしはピンとこないもので、ほとんどの場合流し聞きするだけでした。著者もこの活動に入る前は「どうして、こんな身近な里山で大けがをするのだろう?」などと疑問に思っていたのだそう。なるほど、こういうものなのですね。

 事例の最初のものは埼玉と東京の境にある棒ノ折山での遭難。地図の地名に見覚えが。一昨年自転車で秩父に行く途中、埼玉県道53号経由で旧・名栗村(現・飯能市)地区を通ったのですが、遭難現場はわたしが通過した地点から3,4kmしか離れていない場所だったようです。それほど深い山だったような記憶はないのですが・・・。

 文飾は少なく、簡潔な語りですが、とても読みやすいです。

 良質なノンフィクションだと思います。

今日の本

ずかん自転車

 『ずかん自転車』(森下昌市郎:著 自転車文化センター:監修 技術評論社)、読了。

 子ども向けの自転車図鑑です。対象年齢などは書いてないのですが、漢字ありで、ふりがなはついているけど文章多めで、小学校中学年あたりからかなと個人的には思います。

 「自転車の歴史」、「自転車の仕組み」、「現代の自転車」、「自転車競技の世界」、「自転車をもっと楽しむ」、と章立てされておりまして、バランスの取れた内容です。豆知識的なレベルの一段上、「自転車の仕組み」などは自転車の構造の基礎知識がしっかりと書かれており、最初歩の入門書として実用的にも使えそう。わたしは控えめに言っても、平均的な日本人の数倍は自転車に乗ってきたと思っているのですが、このへんの知識はさっぱり。パーツの名称とか全然知らなかったものな。勉強になりました(大人なのになぁ)。

 「現代の自転車」では、現代の自転車を種類別に紹介。こちらも初めて知るもの、走っているのを見たり名前を聞いたりはしていたけど、どんな特徴があるのか知らなかったもの、おなじみのもの、と見てて楽しいです。ちゃんとランドナーもあるっ! それだけでも評価アップ!(モロ出しの身びいき)

今日の本

戦争とデータ

 『戦争とデータ』(五十嵐元道:著 中央公論新社)、読了。

 副題が「死者はいかに数値となったか」。内容がややつかみにくい本で、説明もしにくい本です。

 戦争での死者、特に民間人がどれだけ、どのような状況でなくなったのか。そうした戦争データがなぜ必要とされるようになったのか。それはどのように調査が行われ、把握されるものなのか。

 そうした問題の歴史的な展開過程と調査の手法や分析の解説が中心です。著者は国際関係論の研究者。

 興味深い内容なのですが、1冊の本としては焦点があちこちに散ってしまったような印象で、難しい書き方をしているわけでもないのに、なんだか読みにくい感じです。もったいない気がします。別のアプローチでまたお願いしたいです。

 戦争での死者の把握は民間人に先行して、まず軍人を対象として始まったのですが、国際規範化されたのは19世紀後半とそれほど昔のことではないそう。ヨーロッパでの人道主義的な考えから広がったのですが、当然に危険な戦場での実状調査はやはり困難であり、加えて政治的・感情的な非協力・妨害もつきもので、正確なデータ、というものを得ることが事例を通して簡単ではないことが理解できます。

今日の本

初めてのGo言語

 『初めてのGo言語』(Jon Bodner:著 武舎広幸:訳 オライリージャパン)、読了。

 最近(そうでもないか)、副題を書名にしたほうがよかったんじゃないかと感じる本が多いんですが、これもそのクチ。「他言語プログラマーのためのイディオマティックGo実践ガイド」、この方が内容にはぴったり。長すぎるかもしれませんが。「初めての」とあってもプログラミング自体の初心者には不向きで、初めの数章で挫折しそう。副題のとおり、他言語である程度経験を積んだプログラマーが、Go言語がどのようなものか知るために読むのであれば、良書だと思います。

 わたしもいくつかGo言語の本を読みましたが、他書では端折られているようなところをていねいに説明してくれるのがありがたく、勉強になりました。

 「イディオマティック」(「その言語に特徴的な」というような意味)ということで、「Go言語らしい・Go言語で適切とされる」書き方を解説してくれるのも、わたしにとってはよかったです。

 また、日本語版独自の内容として、訳者が本書の要点まとめとサンプルプログラムをつけてくれたのも親切で評価できます。

今日の本

だんだんできてくる 橋

 『だんだんできてくる 橋』(三浦正幸:監修 イケウチリリー:絵 フレーベル館)、読了。

 「おなじところから工事げんばを見つめてみた」絵本シリーズ・『だんだんできてくる』の第五弾。道路、マンション、トンネル、橋、ときて、今回はなんと城! これは意表を突かれました。

 前の4巻までは全て監修を担当していた鹿島建設もこれはさすがに無理だったか(笑)、今回は日本の建築史の研究者が務めています。

 現代から400年以上さかのぼるだけに、難易度は格段に上がったのではないかと思われますが(実際の現場を写真に撮ってくるわけには行かないもんね)、何もないところからお城と御殿が出来上がるまでを、工程ごとにちゃんと流れで描いています。

 働く人たちの姿を見ると、腕も膝もむき出し、裸足が多いし、メットは当然無し。これで土木建築なんて、昔は大変。労災事故多かっただろうな。

 巻末には現存する天守と職人さんたちの紹介も。大人としては欲を言えば、使われた道具の説明とか、もう少し欲しかったところですが、今回も楽しめました。

今日の本

平安時代天皇列伝

 『平安時代天皇列伝』(樋口健太郎・栗山圭子:編 戎光祥出版)、読了。

 平安時代の天皇に焦点をあて、各天皇の小伝を歴代順にまとめたという本です。副題にあるように平安京最初の主・桓武天皇から武者の世となりゆく時代に壇ノ浦に消えた安徳天皇まで、平安時代約400年、32人の天皇を編者を含め14人の著者が分担して書いています。

 時代の歴代権力者の短い伝記集という構成は、前に読んだ『鎌倉将軍・執権・連署列伝』と共通しています。

 『鎌倉将軍・執権・連署列伝』同様、平安時代の簡略化された通史としても読むことができます。

 昨年出た本なので、最新の研究が盛り込まれた内容でもあり、従来の通説とは異なる観点が紹介されているという点も読みどころになります。崇徳から近衛への継承、そして早世した近衛の後継者問題が保元の乱につながっていくあたり、個人的にはとても興味深かったです。

 「はしがき」にあるように、32人もいるのに一般によく知られている天皇は数人というところでしょうか。それなりに統治機構が整備されて安定した国家運営が組織的に行われるようになれば、最高指導者の能力・判断への依存度は低下し、だから、強い印象残す人物が少ない、また幼帝が多く現れる、ということになるのでしょうか。

 それにしても、菅原道真失脚後から平家の台頭までの期間、主要な登場人物は天皇・その女性たち・皇族と藤原氏ばっかり。以前から感じていることですが、同族企業の内輪もめみたいなことが繰り返されるのも、この時代の特徴かなと。

今日の本

たった1日で基本が身に付く! Docker/Kubernetes超入門

 『たった1日で基本が身に付く! Docker/Kubernetes超入門』(伊藤裕一:著 技術評論社)、読了。

 システム開発の現場ではすっかりおなじみになったコンテナ仮想化技術の Docker とコンテナの管理自動化ツール Kubernetes の入門書です。

 著者自身、「はじめに」で少しふれていますけど、Docker と Kubernetes って、かなり前提知識がいるし、初心者がいきなり使うようなものではないからして、『たった1日で』というのは無理あるでしょ。同じシリーズで Python や C 言語などがありますが、そのへんはまあ Hello, World から始めてちょこちょこっとしたものなら1日でいけるかもしれないけど。かなり違和感あります。

 内容は導入、基本な操作から始まって、イメージ作成、データ永続化、コンテナ間連携、CI/CD 、そして Kubernetes へ、という構成で、「 Docker に Kubernetes ってなんだろね? コンテナって何がうれしいんだろね?」状態の人はともかく、前提知識やこうした技術の必要性を理解している人が一通りの利用の流れをつかむには悪くない本だと思います。リファレンス的に使う本ではありません。Docker だけならまだしも、実務で Kubernetes を使うというなら、他にいくつか解説書が必要だと思われます。

 関連する技術、GitHub 、Ansible 、Jenkins なども記述があるのはよいと思います。

 ただし、それほど分量のある本ではないので、場面場面で「詳しいことはネットとかで調べてください」になるのは・・・、まあ、しかたないか。

 わたしは流し読み(手を動かしてない)でしたが、それでも数日かかりました。実際に構築・設定まで実機でやるとなると、やはり1日では厳しいのでは?

今日の本

素晴らしき別世界

 『素晴らしき別世界』(トーマス・ハリデイ:著 水谷淳:訳 山と溪谷社)、読了。

 イギリスの古生物学者の案内による過去の地球への仮想探訪記です。現代に近い時代、新生代第四紀更新世からさかのぼっていき、古生代カンブリア紀までの16の時代(この間、約5億年)について、世界のある1地点(平原、島、南極、海底と場所はさまざま)を選び、現代の科学で明らかになっている当時の地形、気候、生態系を紹介していきます。

 『恐竜研究の最前線』を読んだ時も感じたことですが、こうした太古の時代について、わたしが十代のころとは比較にならないくらい研究が進んでいて、この本のかなり詳細な描写が可能なくらい状況が判明している、ということが驚きでした。

 500ページと厚めの本にびっちり内容がつまっているという感じで、読みとおすのはそれなりに骨でしたが、時代遅れの知識を更新する機会となる、有意義な読書となりました。時々、こういうのは読まないとなぁ。

 欲をいえば、各時代の様子を描いたイラストか何かがもっとあれば、さらに理解しやすかったと思います。各時代につき一つ、その時代の生物のイラストがありますし、その時代の光景を説明する文章も工夫されていることはわかりますが、それでもイメージしきれず消化不良になってしまった感は残りました。

 あと、これは内容の問題ではないのですが、気になった点が一つ。よくあるように参考文献リストの番号と対応するカッコ付数字の記載が行間にあるのですが、肝心の参考文献リストが本からなぜか欠落しており、ネット上での公開になっています。

 これはミス? それとも意図してこうしたのかしら?