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開店休業の記

今日の音楽 ー おクスリの魔力

The Piper At The Gates Of Dawn

 なんと15年ぶりで Pink Floyd を取り上げます。モノは彼らのデビューアルバム、1967年の "The Piper At The Gates Of Dawn" です。

 Pink Floyd っつーと、わたしは1970年代のアルバムはそこそこ聴いているのですが、それ以前はサッパリ。なのに、今さら本作を聴く気になったのは、"Ogden's Nut Gone Flake" について Ronnie Lane が「みんなにこれは Sgt. Pepper に影響を受けたのかって訊かれるんだけど、オレたちはむしろ "The Piper At The Gates Of Dawn" の方が好きなんだけどな」と話していたということを、少し前に知ったからです。

 この当時の Pink Floyd というと、ロックの伝説上の人物の一人・Syd Barrett が率いており、プログレッシブ・ロックというより、サイケデリック・ロックという方が適切かと思います。

 聴いてみると「ああ、なるほど」と思いました。たしかに "Ogden's Nut Gone Flake" は "Sgt Pepper's Lonely Hearts Club Band" より、こっちに近いです。

 ただ、作品としてはわたしの苦手な部類に入ります。サイケ感覚という点は似通っていても、なんだかんだで陽気な Immediate 時代の Small Faces に対し、こちらはヤバい。より病的といいますか。じっさい、Syd Barrett はあちらの世界の人になってしまったという話だし。

 Ronnie Lane は先の言葉に続けて「当時のオレらに影響を与えていたのは、なんといってもドラッグだったからさ」と言ってます。この作品はドラッグやってた人とか、やってなくても生来サイケに共感をおぼえるような資質の人にはより訴えるものがあるかもしれませんが、わたしはどっちでもないしなぁ・・・。

今日の本

ロシアのなかのソ連

 『ロシアのなかのソ連』(馬場朝子:著 現代書館)、読了。

 著者は1970年代に旧・ソ連に6年間留学していたという経歴の持ち主で、その後、旧ソ連・ロシア関係のテレビ番組をいくつも手がけた制作者です。

 本書はロシアのウクライナ侵攻後の2022年9月に出版されたもので、戦争が続いている現状を踏まえつつ、著者の長年の経験をもとに、実は未だ「ソ連」の影が払拭されずにそこかしこに残るロシアとはどんな国なのか、紹介する本です。

 長年、まったく別体制で運営されてきた国家がいきなり民主化、資本主義化しようとしても、そう簡単にうまくいくものではないということが痛感させられます。教条的に「民主主義・資本主義こそが正しい!」と信じ、どの国でもこれらを適用すればよいのだと安直に思いがちな我々も十分反省の余地があると感じます。

 それにしても、かつてアフガニスタンで深い傷を負ったにもかかわらず、再びウクライナで泥沼に突っ込んでしまうとは。歴史から学ぶということが、実はそんなに簡単ではなく、とても難しいことなのでは、などとも考えさせられてしまいます。

 一方、女性の社会進出や芸術への敬意は、今の日本も見習うべきところがあるんじゃないのと思ったり。

 そういえば、去年、やはりウクライナ侵攻後に出たロシア紹介のエッセイを読んでいました。

 当然と言えば当然なのですが、一般のロシアの人々に対する印象が、両書でかなり共通しているのがおもしろいです。

昨日の映画

イニシェリン島の精霊

 新聞の映画紹介で、内戦期のアイルランドのある島を舞台にした映画が公開されている、ということを知りました。つい最近、『アイルランド現代史』という本を読んだばかりだったので、「これは観といた方がよいだろうな」と、昨日、急遽レイトショーを観に行ってみました。『イニシェリン島の精霊』、2022年製作です。

 イニシェリン島に住む男・パードリックは年長のフィドル弾き・コルムと仲がよく、いつもパブで一緒に飲んでいたのだが、ある日、突然、絶縁を突きつけられる。理由が思い当たらないパードリックはひどく動揺し、関係を修復しようとするが・・・。

 わ、わからん・・・。

 こんなにわからない映画もちょっと記憶にないです。表現手法が難解なのでわからない、というものではないです。表面的に要約すれば、閉鎖的な地域の中でのこじれた人間関係を描く、というもの。そういう風に言ってしまえば特異なテーマではないでしょうし、理解しづらくなるようなものでもないような気がするのですが、しかし、わからん。

 アイルランドの内戦とも関係あるのか、ないのか・・・。

 おもしろかった、とは、とても言えないのですが、かといって、全然つまらなかったというものでもない・・・。島(イニシェリン島というのは実在していない創作上の島で、撮影はアイルランド西部の2つの島がロケ地として使われたそう)の寒々とした風景や俳優陣(パードリックは、Oasis の Gallagher 兄弟を思いっ切り情けなくしたような顔立ち)の演技は印象的でしたし。

 海外では好評のようで、あちらの人なら琴線に触れる何かがあるのでしょうか。

 わからん。

今日の本

そこに工場があるかぎり

 『そこに工場があるかぎり』(小川洋子:著 集英社)、読了。

 小説家の工場訪問記。なぜまた、小説家が工場に? ひょっとして業界誌での連載だったのかしらと思ったのですが、そういうこととは全く無関係で、著者本人が子どものころから工場に関心があり、工場についての本を作りたいと希望していたことから、実現したものらしいです。おやおや。

 工場について書かれた本というだけなら、他にもたくさんあると思いますが、新聞の経済担当記者やノンフィクション作家の手になるものとは、描写の力点の置き方とか、見学したものに対する想像力の展開のしかたが、著者が小説家だからなんだと思うのですが、だいぶ違っているような感じです。

 そのへん、人によって好みが分かれそうですが、わたしはふだん読んでいるものとの感触の違いがちょっとおもしろかったです。

 「ポッキーの軸とプリッツは実は全く別物」(グリコの工場)とか、競技人口の裾野を広げ、生涯楽しめるスポーツにするために「課題は指導者の意識」(競技用ボートの工場)とか、街で保育園のおチビたちが何人も乗っているワゴンのようなカートのようなあの乳母車には「サンポカー」という名前がつけられている(乳母車の工場)とか、鉛筆の芯の材料・黒鉛には「鉛」という漢字が使われているがその成分に鉛は含まれていない(鉛筆の工場)といった、知って楽しい豆知識や共感できる言葉が幾つもあって、そこもまた良かったです。

今日の本

古代中国の24時間

 『古代中国の24時間』(柿沼陽平:著 中央公論新社)、読了。

 古代中国、紀元でいえば前200〜後200年あたりの人々が、日々どのように暮らしていたか、朝から晩までその行動を再現してみよう、という本です。

 着眼点がおもしろいし、内容もそれに劣らずおもしろいです。

 実はこうした研究は難しいと思います。現代はともかく、古代では字が書けて記録を残せる人というのがまず限られていたわけでありまして。なので、記録として残っているものがまず少ない。さらにその少ない記録に書かれているものは、大概、エラい人のかかわった特別な出来事ばかり。庶民の日常行動なんて、なかなか書き残してくれたりはしないのです。朝起きたらまず何をするのか、買い物はどこでして店では何を売っているのか、とか、当時の人たちにとっては当たり前のことなんか、わざわざ貴重な筆記用具を使ってまで記録を残す必要は感じなかったでしょうしね。

 もうずいぶん前の話になりますが、平安時代、お米をどうやって調理していたのか、実はよくわかっていない、現代と同じように炊いていたのか、違うのか、わからない、という話を聞きました(ずいぶん前なので、今は解明されているかもしれませんが)。やっぱり、こういうことって記録がないんですね。

 現代と案外似通っていたり、全然違ったりするので、読む方は「わぁ、昔の中国の人はこんな風に暮らしてたのね」と楽しいのですが、書く方は先行研究が乏しい上に数少ない記録を求めておびただしい史料文献にあたらなければならず、大変だっただろうというのは理解できます。巻末に並んだ大量の注記でも明らか。お疲れ様です。

 文字史料以外にも、壁画や明器なども重要な史料として使ったとのこと。明器とは、死後の世界を信じていた古代中国人が、死者が死後の世界で使えるようにと作られた日用品などの模型のことで、副葬品の一種です。10年以上前に博物館で実物を観る機会があったのですが、ああ、確かにいろんなものがミニチュア化されてて驚いたっけ。死者だけでなく、後生の役にも立つのね(笑)。

今日の本

近代日本外交史

 『近代日本外交史』(佐々木雄一:著 中央公論新社)、読了。

 副題にある「幕末の開国から太平洋戦争まで」の期間の日本外交史に焦点をしぼった概説書です。著者は外交史の研究者。

 本書の扱っている期間は激動の時代で大きな出来事がたくさんありましたが、本書は外交に関係の薄い事項にはほぼ触れず、徹底して話題を外交に集中させています。それほど厚い本ではなく、重要な事項についてはもっと深く詳述してほしかったなと思う箇所もあるのですが、新書1冊でこの期間の日本の外交をまとめているのは評価できるとも思います。

 学校の先生が書いた本ということもあって、大学の授業のテキストで使われそうな文章・内容の本です。エンターテイメント的なものを期待して読むものではないでしょう。

 著者が何度も繰り返し書いていることは、「実際に対外交渉にあたっていた外交当局者とそれ以外の者との間で認識にズレがあったこと」で、これがこの期間の日本外交の大きな問題となっていた考えているようです。

 日清戦争前の日本には自らが主導することを前提とした明確な対朝鮮構想は持っていなかったという指摘や、全体として登場する人物個々の評価はあまりしていない中で、著者が別に伝記を書いている陸奥宗光についてはやや辛い点をつけているところが興味深いです。

今日の本

ロザリーのひみつ指令

 『ロザリーのひみつ指令』(ティモテ・ド・フォンベル:作 イザベル・アルスノー:絵 杉田七重:訳 あかね書房)、読了。

 短いお話です。もとは2014年にフランスで出版されたお話。これに2018年、カナダのイラストレーターが絵をつけたものだそう。出版社による対象年齢は小学校中学年からとのこと。

 第一次世界大戦中のこと。赤毛の女の子・ロザリーは5歳半。お父さんは戦争に行き、お母さんは戦争が始まってからずっと工場で働いていて、ロザリーは小学校に預けられている。心の中でロザリーは「ロザリー大尉」になり、密かにある任務を果たそうとする・・・。

 対象年齢ならともかく、大人は出だしで、もうちょっと辛くなってしまいます。

 「いつもいいニュースばっかりで、悪い知らせはない。」

 どこの国でもそうなんでしょうか。かつての我が国、今の彼の国。

 「あたしの頭のなかには戦争しかないんだから。戦争より前のことは、小さすぎて何もおぼえてないんだから。」

 ・・・(悲)。

今日の本

ケルトの世界

 『ケルトの世界』(疋田隆康:著 筑摩書房)、読了。

 古代ケルト人の実像に迫ることをテーマにした本です。ギリシア・ローマの古典文献、考古学的知見、さらには遺伝子解析なども援用しつつ、主に伝承されてきた神話をもとにケルト人とはどんな人々だったのかを考えるというもの。

 著者は古代ケルト史を専門とする研究者。

 実はなかなか難しいテーマです。というのも、そもそも「ケルト人とは、いかなる人々を指すのか」という定義の段階で学会でも意見が分かれているそうで。

 また、ケルト人自身が残した文献資料は非常に限られており、ケルト人ではない外部の人物が観察して書いた記録(有名なカエサルの『ガリア戦記』とか)に頼らざる得ないのですが、それとて潤沢にあるわけではないそうです。

 そういった事情もあって、明快な結論は出ようはずもなく、読後、隔靴掻痒の感を免れることはできませんでした。ただ、それは著者の側の問題ではなく、一般向けに入っていきやすいよう神話を切り口に、現段階でとりあえず言えそうなことをがんばって解説したのだけれど、それでもこれが精一杯、というところなのかなとも思います。

今日の音楽 ー 変化は難しい

あみこねあほい

 去年『DISCOVER NEW JAPAN 民謡ニューウェーブ VOL.1』収録曲や『遊びましょう』を聴いて気に入った馬喰町バンド、また聴いてみました。『あみこねあほい』、2016年発表の5作目のアルバムで『遊びましょう』の次作になります。

 一聴して音が厚くなった感じ。一曲めがラップだったり、変化を求めた気配があります。そういう時期だったのかな?

 ただ、それがうまくいっているかどうかとなると、う〜ん、わたしの評価は今一つ、になります。

 音が厚くなった分だけ、前作の軽やかさが失われ、若干迷いも感じる風に聴こえます。

 でも、新たなことに挑戦するならそういうこともよくあるし。おもしろいバンドであることには変わりがありません。

 次作も聴いてみます。

今日の本

落窪物語

 『落窪物語』(花形みつる:編訳・絵 偕成社)、読了。

 平安中期に成立されたとされ、『枕草子』でも触れられているという物語を、児童文学作家が今風の語り口で親しみやすく仕立て直したもの。出版社によると、対象は小学校高学年からとのこと。

 どんなお話かと言うと、和風シンデレラ、ですね。こういうストーリーは古今東西、共通なんだとわかります。

 ヒロインのお姫様を助けるのは魔法使い、じゃなくてお姫様の侍女。「あたしが、ひめさまを幸せにしてみせます!」という彼女の語りで物語は進行します。その口調は完全に現代(ちなみに出版されたのは去年)。「ポーカーフェイス」とか「貴公子ランキングナンバーワン」とか、そんな言葉、平安時代にあるかい!(笑)

 ポップです。古典文学、なんていうとちょっと構えてしまいますけど、いいんですよ、こんな感じで。マジメに堅苦しく(退屈に)原典と付き合うより、まずは楽しく親しめることが大事。わたし、けっこう、こういうノリ、好きです。

 要所要所にイラストで、この時代の用語や衣装、習慣などを説明してくれているところもナイス。