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今日の本

大英帝国はミュージック・ホールから

 『大英帝国はミュージック・ホールから』(井野瀬久美恵:著 朝日新聞社)、読了。

 ロニー・レインの伝記を読んでいると、時々「ミュージック・ホール」という言葉が彼の音楽を形容する文脈で出てきました。

 この「ミュージック・ホール」って、なんだろ? ということで読んでみました。著者はイギリス近代史の研究者。ミュージック・ホールの歴史的展開と「大英帝国」との関係についての本です。1990年の発売ですから、だいぶ前の本ですが、こういう本が日本にあるっていうのはなかなかすごいな。

 本書によりますと、ミュージック・ホールとは、「十九世紀半ばのロンドンに生まれた、労働者のための娯楽施設」だそうです。酒と同時に歌を中心とする演し物を提供していた「フリー・アンド・イージー」と呼ばれるパブが母体となって発展したものだそう。

 その全盛期に英国へ留学していた夏目漱石は「日本で云ふ寄席のやうなもの」と評したとか。名前は「ミュージック・ホール」ですが、その演し物は音楽にとどまらない多様なもの(サーカスを含む!)でした。そうそう、チャップリンもミュージック・ホールの芸人出身なんですね。

 なるほど、ロニー・レインのパッシング・ショー、あれは突然変異的に発想されたものではなく、イギリスの伝統の延長線上にあったものと考えた方がよさそうなのですね。ミュージック・ホールは「労働者のための娯楽施設」であり、そこで披露される歌は芸術的に「鑑賞」されるものではなく客席も一体となって合唱することが重要だった、という点もロニーとのつながりを感じます。ロニーは労働者階級の出身でしたし、ロックが次第にシリアスなアート指向を強めていくことには懐疑的だったというあたりね。彼にとって音楽は芸術寄りではなく、娯楽寄りだったじゃないかしら。フェイシズのコンサートは「アリーナ規模でのパブの合唱みたい」(ツアーに帯同した経験のあるフリーのベーシスト、アンディ・フレイザーの評)だったそうですしね。あのシンガロングってやつも伝統的なものなんだ。

 「帝国」意識の醸成にミュージック・ホールが一役買ったというのも興味深いです。娯楽の場から無責任に好戦的な機運が盛り上がっていくというのは怖ろしい。

 直接ミュージック・ホールと関係はないですが、イギリスで法律による徴兵が行われたのは第1次世界大戦時が初だそうで、日本より後なんですね。これは意外。

 音楽・演芸より歴史に関する記述が主体なので、そちらに興味がないと読むのが辛くなりそうですが、類書はなかなか見当たらず貴重です。