『ほんのささやかなこと』(クレア・キーガン:著 鴻巣友季子:訳 早川書房)、読了。
『あずかりっ子』が良かったので、同じ作者の小説をもう一度。
1985年、クリスマスを迎えようとしているアイルランドのある街。そこで石炭と木材を販売しているビル・ファーロングは妻と5人の娘がいる中年男性。景気の悪い街でまずまずの生活を営んでいる。ある日、配達に訪れた修道院で偶然、ある秘密に触れてしまう。自分の生い立ちを思い起こし、複雑な想いにとらわれるファーロング・・・。
冒頭に「マグダレン洗濯所」という名前が出てきます。わたし、聞いたことがあります。未見ですが、この施設については映画されたはずで、その紹介記事で知ったと思います。
ファーロングに5人も娘がいたり、冬の暖房のための燃料代にも事欠くような人たちが少なからずいたり、ずいぶん昔のような雰囲気が漂っているのですが、1985年の話ということですから実はそれほどでもないです。世界有数の富裕国となった現在からは想像しにくいですが、かつてのアイルランドは「西欧最貧国」とさえ言われていたこともありました。それを思い出すような作品です。
『あずかりっ子』同様、中編で120ページ程度の長さです。こちらは2021年の作。
やはり『あずかりっ子』同様、非常に簡潔で落ち着いた文体です。淡々と物語は進みます。一文で人を唸らせるような華麗な表現や読む者の感情に火をつけるような劇的な展開とは無縁。ですが、的確な描写が寒々とした冬のアイルランドの情景と平穏な生活をありがたいと思いながらぼんやりとした疑問を抱え込んでしまうファーロングの心中を浮かび上がらせています。
また、書くべき場面の選択も的確なんだろうなと思います。物語に無駄がない、という感じです。そして、エンターテイメントな作品では全然ないのに、さらさらと読め、この物語の世界に引きこまれます。
作者は日本ではそれほど有名ではないと思いますが、世界的に評価が高いというのも納得です。