『わたしは、不法移民』(カーラ・コルネホ・ヴィラヴィセンシオ:著 池田年穂:訳 慶應義塾大学出版会)、読了。
第2次トランプ政権では不法滞在者に対して常軌を逸しているとさえ思える取り締まりが行われており(他の意図もあるような気配ですが)、今年の1月にはアメリカの移民・税関捜査局(ICE)の捜査官が市民(不法滞在者ではない)を2人も射殺する事態にまで至っています。
そんな状況ですので、気は重いのですが読んでおいた方がよさそうだと思って手に取った本です。副題に「ヒスパニックのアメリカ」とあるように、中南米系の不法移民についての生々しいレポートです。
エクアドル出身の両親を持つ著者も執筆開始時点では不法移民に含まれる立場でした。「含まれる立場」と持って回った言い方をするのは、不法移民であっても強制送還を猶予される制度の対象だったからです。このへんのややこしさからもアメリカの不法移民問題の複雑さが垣間見えます。
著者が「はじめに」で「この本は従来のノンフィクションにはあてはまらない」と書いています。個人を特定できるような情報は変更しているとのことです。取材メモは破棄し、録音はしていないそう。書いてあることが事実かどうか検証できないのでは、ノンフィクションとして問題がありそう(著者自身はクリエイティブ・ノンフィクションに分類されるものとしています)ですが、そうなる事情は理解できます。そういえば『そして、「悪魔」が語りだす』もこれに近い書き方をしていました。
大雑把に半分が著者が直接会い、話を聞いた中南米系の不法移民の境遇を語るものであり、もう半分が著者自身を語るものになっている印象です。
日本でもアメリカの不法移民取り締まりについてのニュースはかなり伝えられてはいますが、取り締まりの対象になっている不法移民の姿はなかなか見えてきません。本書ではあくまで限られた範囲ではありますが、不法移民として生きるとはどういうことなのかを少し知ることができます。
読んでいて感じるのは、社会の底辺を支える低賃金労働者としての不法移民に、ある意味依存しているにもかかわらずやっきになって排除しようとするアメリカ社会の矛盾です。
最近では日本でも外国人労働者についての議論がやかましくなっていますが、似た側面はあると思っています。重要ではあっても不人気な職種ではとっくの昔に人手が足りなくなっているのにほっかむりし続けた結果、不法な存在が社会にとって必須になってしまうという。
80年前の敗戦直後、配給ではやっていけないので国民の多くが闇で(つまり違法に)食料を手に入れてしのいでいた、立場上法を守ろうとした裁判官が餓死した、という話を思い出します。
911やハリケーンで甚大な被害が出た時、救援活動には多くの不法移民が動員されたそうです。これと同様のことが日本でもいずれありそうだと感じました。そうなるとしたら? それもほっかむりでしょうか。
原著は2020年の出版ですが、邦訳が出た2023年の時点で著者はアメリカの市民権を取得できているとのことです。第2次トランプ政権成立前でおそらく幸運だったのではないかと思います。