
『アメリカン・マスターピース 戦後篇』(柴田元幸:編訳 スイッチ・パブリッシング)、読了。
『アメリカン・マスターピース』シリーズ、昨年の年末に出た現時点での最新巻です。シリーズ3冊め。『古典篇』から『準古典篇』まで10年かかったのに対し、『準古典篇』から本書までは1年少々。大幅高速化を果たしております。10篇収録。
今日の本 ー 『アメリカン・マスターピース 準古典篇』
「編訳者あとがき」によるともともとこのシリーズは3冊で完結させる予定だったそうですが、まだ続くらしいです。
本書の対象期間(1948〜1961)はアメリカ短篇小説の黄金時代だったそうです。カート・ヴォネガットもそんなこと言ってたな、たしか。テレビの普及前の時代だったから、ってことでしょうか。
一番手はシャーリイ・ジャクスンの「くじ」。あらっ、シャーリイ・ジャクスンは今年、別の短篇をよんだばっかりだったわ。
今日の本 ー 『街角の書店』
この人がまた、いやーな感じのを・・・。『街角の書店』収録の「お告げ」が傾向の違うお話だったので油断してたわ。発表当時、抗議が殺到したってのも納得。
J・D・サリンジャーの「バナナフィッシュ日和」のバナナフィッシュって、同名タイトルの漫画の元ネタだっけ? サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』は20代のころ読んだはずだけど、当時はピンときませんでした。本作はそれ以来のサリンジャーですが、この描写力、さすがです。昔のわたしに読解力がなかったのね。これも大昔に読んだアルベール・カミュの『異邦人』(いい加減な記憶しか残ってないけど)をちょっと思い出したり。
次がウラジーミル・ナボコフの「記号と象徴」。おお、ナボコフ。初めてです。10ページ足らずですが、密度が濃い。話自体も重苦しいのですが、文体が丹念というか執拗というか。
ポール・ボウルズの「あんたはあたしじゃない」は一人称の語りで、訳の文体にもよっているとは思いますが、現代に近い感性というか。結末にはあっけにとられましたけど。ポール・ボウルズって聞いたことある名前だなと思ったら、前に読んだことありました。小説じゃないけど。
今日の本 ー 『モロッコ幻想物語』
フラナリー・オコナーの「善人はなかなかいない」は Alice In Chains 聴きながら読んだらピッタリ・・・。そういうお話です。アメリカって・・・。
今日の音楽 ー "The Essential Alice In Chains"
フィリップ・K・ディックは1960年代後半以降の長篇は何冊か読んだことあるんですが、短篇は初めて。本書収録「プリザビング・マシン」は編訳者曰く「馬鹿っぽ」いと。たしかに・・・。でも、ディックってこういうお話も書く人だったのね。それを知ることができたのは収穫。本書収録作品の中でも異色ですが、不穏な作品が続いたあとなので、いいアクセントになっています。
ティリー・オルセンの「あたしはここに立ってアイロンをかけていて」、悪いことが起こってしまった、あるいは起こりつつある予感の中で、語られる子育て。後悔と諦念が入り交じる母の言葉に胸を衝かれます。本作収録作品の中では一番現実的で地道なお話ですが、それでいて残る印象は特に強いです。
ジェームズ・ボールドウィンの「サニーのブルース」、ミュージシャンの感覚を音ではなく言葉で描くことの難しさ。その難しさについてのお話でしょうか? そんな気もするのですが。
ジャック・フィニイの「愛の手紙」、これこそがロマンチックというものですよ、これが。
バーナード・マラマッドの「白痴が先」、これはなんだろう? よくわからないのはこれが一番だったかもしれません。隠された意味があるのかな?
今回も充実していました。次巻も期待。