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今日の本

神道とは何か 増補版

 『神道とは何か 増補版』(伊藤聡:著 中央公論新社)、読了。

 日本固有の民族宗教というか、日本以外ではほぼ信仰されていない宗教というか、どちらにせよ日本人には長く身近にあった神道ですが、当の日本人にも実体がよくわからない宗教でもあります。

 本書序章で紹介がありますが、歴史用語としての「神道」という言葉自体、複数の意味で使われており、定義も曖昧なところがまた、日本的というか。

 本書は副題に「神と仏の日本史」とあるように、それなりの教義を持つ宗教としての「神道」は在地の素朴なカミに対する信仰と仏教を筆頭とする外来思想との交流の過程で後天的に作り出された、という立場の著者による、古代から近世に至るまでの神道史です。「増補版」とあるのは、2012年に出た旧版にその後の研究の進展を盛り込んだ加筆・修正が行われているためです。

 新書としては厚めということもありますが、中身が濃いです。一読では消化しきれない内容でしたが、読み応えのある本でもあります。

 興味深い見解がたくさん紹介されており、いくつか挙げると、まず、日本最初の出家者は日本書紀に記録がある敏達天皇の時代の3人の女性ということになっていますが、なぜ女性ばかりだったのかというと、これは仏という外来の新しい神に仕える巫女という意味合いがあったのでは、という指摘があります。

 以前読んだ『八幡神と神仏習合』では、八幡神は神仏習合の先駆的存在とされていましたが、本書でもやはり謎の多いこの神の重要性に触れられています。

 元来、不可視であった神々を目に見える姿に表現する神像が、仏教の影響を受けて8世紀あたりから作られ始めるのですが、その表現方法も面白い。

 かつて巫女として中心的な役割を果たしていた女性が神事において地位を低下させていったのは、古代から中世にかけて女性の社会的地位自体が低下していったことに加え、仏教の女性蔑視観も影響しているとのこと。そういえば、現代の神事って、男性の神職さんばっかのとこ、多いな。

 「神道」を「ジンドウ」とは読まず、濁らない「シントウ」と読むのにも意味があるらしい。そういや「神社」や「神祇」は濁るのにねぇ。

 どうにもひっかかるのは、中世神道関係の文書の偽作の多いこと。自分で作ったんですから当然嘘とわかりきっていることを、古の教えと称して広めていった神経とその倫理観は理解できません。まさか、それも仏教の影響で、「嘘も方便」ってやつ?

 読む際に注意しないといけないのは、旧版の記述の修正が本文ではされておらず、補注にまわっていること。補注までちゃんと読まないと、誤解しかねません。