『フェイクニュースを哲学する』(山田圭一:著 岩波書店)、読了。
まず、「フェイクニュース」という言葉の定義で始まる本書、書名のとおり、哲学らしいです。著者自身、哲学の研究者で、「フェイクニュース」を切り口に「何をどう信じたらいいのか」という問題について、おふざけなしに真っ向から論じています。
新書でページ数は少なめ。文章もこの種の本としては読みやすい方だと思います。しかし、丹念に一歩一歩議論を進めていて密度は濃いです。なるほど、哲学らしいと思う反面、読み流しはしにくい本です。ちょっと手を抜くと議論の展開についていけなくなりました。ちゃんと理解するには、繰り返し読む必要がある本かも。
「フェイクニュース」に対抗するための処方箋を提示する、というような内容ではありません。「信じる」ということについて、様々な考え方を紹介していますが、どれが一番正しいとはっきり結論を下してくれる本でもありません。
結論らしきものがあるとすれば「建設的な懐疑主義でもって、急がずに考え続けよう」というところかな。まっとうですが、悩みに悩んで今すぐ答えがほしい、という人にはあまり救いはなさそうです。まさに「言うは易く、行うは難し」で、実に哲学的・・・。でも、それが哲学の役割、そこは正しいでしょう。
困難は承知で考え続けるのか・・・。それとも・・・、もう全部やめてしまう?