
『戦時下の政治家は国民に何を語ったか』(保阪正康:著 NHK出版)、読了。
戦前・戦中期の日本の政治家を論じた本ですが、取り上げ方が少し変わっています。現在残っている演説音源を文章に起こして解説するというものです。著者が「はじめに」でことわりを入れているように、この時代、そうした音源がふんだんに残っているわけではないので、取り上げられる政治家のバランス(重要な政治家であっても音源がないと対象にならない)からいうと疑問がなくもないのですが、それはそれとして興味深い試みです。
ふだん政治家の演説など聴かないので「退屈なんでは」と思っていたのですが、そうでもなく、スラスラと読めました。これは自分でも意外。
全体を通して読んで感じたのは、国際連盟脱退以後の第三章から急に精神論というか、勇ましいけれど中身がない空疎な主張が増えてくるということでした。読んでいてげんなりしました。第二章まではその時その時の政治課題に対して、どうするつもりかということがかなり具体的に語られていることが多く、同意するかはともかく、なるほどね、と感じるのですが。
個別の演説で印象に残ったのは、まず濱口雄幸でしょうか。昭和金融恐慌後の時期だけに財政・経済対策が中心の内容になっています。「財政は紊乱し、国債は増加し、物価は騰貴して国民の生活を脅威し、貿易は入超を続け、為替相場は低落し」って、現在のことでは? 謹厳実直といわれた人物ですが、演説内容からもそれがうかがえるのはおもしろいです。
もう一人挙げるとすると、斎藤隆夫です。掲載されているのは、「反軍演説」として知られているものです。
「反軍演説」という言葉だけは知っていたのですが、内容はよく知らず、てっきり平和主義の理想を語ったものかと誤解していました。実際には冷静な現実認識に基づく正鵠を射た政府批判でした。
すでに書いたようにアジア・太平洋戦争突入直前のこの時期、他の演説では勇ましさで中身のなさを糊塗するような言葉ばかりが並ぶ中、「頭を冷やせ!」とでも言いたげなこの演説には敬服すべき鋭さを感じます。