
『愚管抄』(慈円:著 大隅和雄:訳 講談社)、読了。
保元の乱の前年に天皇家に次ぐ最も尊貴な家とされていた摂関家・藤原忠通の子として生まれ、当時の宗教界最高級の地位といえる天台座主になり、承久の乱の4年後に亡くなった僧・慈円が著した史論です。当時の世相批判の書、あるいは一種の思想書とも言えるかもしれません。
承久の乱の前後に書かれたと考えられており、内容はまず皇帝年代記があり、神武天皇から後堀河天皇までの各天皇を挙げ、各時代に起きた大きな事件と摂政・関白といった主要な臣についてなどを簡潔に述べています。その後で、再び神武天皇から慈円の生きた時代までについて、彼独自の史論を展開していきます。そして、最後に彼の歴史観のまとめと同時代の社会批判が置かれる、という構成になっています。
この書の価値は、特に平安末〜鎌倉初期のできごとについての貴重な記録であるというのはもちろんですが、日本の歴史全体を振り返って論じていくという、それまで日本にほとんど類書がない、ひょっとしたら日本初!?という分野を開拓したことではないでしょうか。
その一方で、先行例を参考にできない先駆者のゆえか、欠点・問題点も少なくないような気がします。
まず、慈円自身、本来歴史家ではなかったということもあるのでしょうけど、どうも記述の信憑性についてはいささか疑問を持たざる得ない部分が散見されます。また、自分の出身である摂関家にあまりも寄った見解(ただし、近衛家については手厳しく批判しています)は、現代の史論において重要な客観性や公平性が思いっ切り欠けており、いっそ微笑ましいくらいですし、彼がしきりと言う「道理」も、わたしには「つまるところ、結果論じゃね?」と思えてしかたがありません。
とはいえ、当時最高級の貴種であり知識人でもあった人物がどのような歴史観をもっていたのかを知ることができるという点でも非常に貴重な書であるとも思いますし、戦乱が繰り返される激動の時代を生きた彼がその最晩年に、まだ書き言葉としては発展途上であった仮名文を使って書いた本書からは、「読んでほしい」という熱意は伝わってきます。彼が一番読んでほしいと思っていた人は誰なんでしょう? 気になります。