
『定本 黒部の山賊』(伊藤正一:著 山と渓谷社)、読了。
ノンフィクションです。最初に刊行されたのは1964年(昭和39年)とずいぶん前ですが、これは近年文庫化されたもの。
舞台は敗戦から間もない昭和20年代から30年代にかけての黒部。まだ登山道の整備も進んでおらず大部分が人跡未踏の地だったとされる黒部の山中を縦横に行き来し、そこでさまざまな手段をもって生計を立てていた「山賊」と呼ばれる男たちがいた。たまたま山小屋経営に携わることになったことをきっかけに、彼らとの交流を深めていった著者の見た「山賊」の実像と在りし日の黒部を描いたものです。
著者は黒部の山小屋経営者で北アルプスを広く踏破した登山家であり、登山愛好家団体の設立者でもありました。
これはもう抜群におもしろい。登山とは縁のないわたしですが、すぐに引き込まれてあっという間に読んでしまいました。
内容は山賊たちの話だけでなく、埋蔵金や山の怪談(以前読んだ『山怪』の話と感触が共通しているのが興味深いです)に遭難事件、山小屋経営についてと、まとまりがないといえばそうなのですが、それぞれがそれぞれにおもしろいので、全く気になりません。
職業作家ではない著者の文章は簡潔でありながら達意。実直に語られる内容自体が十二分におもしろいので、余計な文飾がないことがむしろ本書の価値を高めている気がします。ノンフィクションの一つのお手本といってよいかも。
これは良い本です。
今日の本 ‐ 『山怪』