
『陰謀論』(秦正樹:著 中央公論新社)、読了。
本書冒頭でも取り上げられ、日本でもよく知られる「Qアノン」や「コロナウイルスワクチンにマイクロチップ」等、荒唐無稽な言説が多数の支持を集め、影響力を持つようになるのはなぜか、学問的な検証を試みたものです。
著者は政治学の若手(1980年代生まれ)研究者。自身、かつてはいわゆる「ネトウヨ」で(そのことは今となっては「黒歴史」だとも)、その過去が陰謀論の研究に向かう動機だったそう。
構成、文章が学術論文っぽくて一般向けとしては生硬な印象は受けますが、検証の結果として指摘している点には興味深いものが少なくないです。
政治や時事等の公的な問題よりスポーツや地域情報など自分の嗜好や生活に関連する私的な出来事に関心を持つ層は陰謀論を受容しにくい傾向にある(逆に言えば公的な問題に強い関心を寄せる層の方が陰謀論に引っかかりやすい傾向がある)という調査結果から、「自分の楽しい人生に、意味不明な陰謀論など入り込む余地はない」と評しているあたり、著者自身、言うように身もふたもないですが、納得。
また、一般的な印象とはうらはらに、ツイッターの利用と陰謀論的な信念は関連が薄いという調査結果も注目に値します。
加えて、「自分の正しさを支えてくれるから信じる」という陰謀論受容のメカニズムが重要という指摘も。
「メディアの情報を鵜呑みにするな」というのは一面の真実ではあっても、どこの馬の骨とも知れない人物の根拠不明の情報より、一応それなりの検証を受けるマスメディアの情報の方がだいぶマシ、というのは落ち着いて考えてみれば当たり前。なんですけど、前記のメカニズムから、必ずしもそうならない、ということでしょうか。
一方で、北朝鮮による日本人拉致や故安倍元首相と旧統一教会との関係など、事実が明らかになる前に聞けば「荒唐無稽な」陰謀論に思えてしまうようなことも実際にあるわけで・・・。そうした問題についてどう考えるかについてはあまり言及がありません。新書の紙幅の関係もあるかとは思いますが、今後の課題かと。
本書の最初の方で、「陰謀論的思考」の概念を測定する際に用いられる尺度を使った15の質問があげられているのですが、その中の一つ「ある種の病原体や病気の感染拡大は、ある組織による慎重かつ秘匿された活動の結果である」というのは、コロナウイルスについていえば「正しくない」でしょうが、過去には実際にあったからなぁ・・・。1942年に石井機関が作った生物兵器が現場の司令官の反対にもかかわらず中国戦線で投入され、日本軍将兵にも大きな被害が出たとか(罹患者10000人以上・死者1700人以上)。わたし、「正しい」って答えたかも。