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開店休業の記

今日の本

濹東綺譚

 『濹東綺譚』(永井荷風:著 角川書店)、読了。

 永井荷風は初めて読みました。代表作の一つですね。

 どうやら老境を迎えつつある(そうとは書いていないものの、荷風本人と思しき)小説家と一人の若い私娼の交流を、濹東、つまり東京・隅田川東岸を舞台に描いたもの。

 荷風の最高傑作とも言われるそうですが、ピンときません。「最高傑作」などという重々しい言葉が似つかわしくない作風に思えます。

 ストーリーについて特に感銘を受けたところはないのですが、その代わり、文章の読みやすさには感心しましたし、当時の風俗や浅草から向島あたりまでの情景の描写は興味深いものでした。

 文章は現代にあってはやはり古風なのですが、難解ではなく、堅苦しくもなく、スラスラと読めます。おかげで古風なのが邪魔にならず、むしろ味わいを引き立てているようでもあります。皮肉に思えたのは、この本で「作品解説」を担当している石川淳の文章が対照的に読みにくいこと。

 東武伊勢崎線沿線の出身で、子どもの頃から幾度となく電車に乗って浅草に行ったり、本所吾妻橋や錦糸町のあたりで勤務した経験もあるわたしにとって、この小説に登場する地名はわりとなじみのあるものです。そのためか、「戦前、あのあたりはこういう感じだったのか」と、そういうことばかりに関心が向いてしまい、「小説」としては、あるいは肝心の男女の機微については「ちゃんと読めなかった」、そんな気もしています。