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開店休業の記

今日の本

仏教抹殺

 「仏教抹殺」(鵜飼秀徳:著 文藝春秋)、読了。

 なかなか穏やかでない題ですが、明治初期の日本各地で発生した廃仏毀釈運動についてのルポです。

 廃仏毀釈というとたしか教科書にのっていたと思いますが、具体的にどんな様子だったかというのはあまり伝わっていないのではないでしょうか。維新について書かれた本なんて山のようにありますし、わたしもそこそこ読んでますが、あまり出てこない。

 地域差もあったようで、わたしが生まれ育った埼玉は幕府のお膝下だったせいか、そういう話は聞いたことがないです。しかし、ひどいところは凄まじい状況だったようで、本書で特に徹底して廃仏毀釈が行われた地域として旧薩摩藩が挙げられていますが、藩主の菩提寺まで廃絶させられるという有様。その実態を調べようにも、寺院・仏像・史料がまるで残っていないので困難を極めているとのこと。あったものがなかったことにされてしまう怖ろしさをじんわりと感じます。

 他にも廃仏毀釈の激しかった地域を取り上げ、限られた手がかりを元にどのようなことが行われたのかを探っています。明治新政権を樹立した倒幕勢力のイデオロギー的支柱であった国学思想が、こうした運動の遠因になっていることは確実ですが、一方で江戸期の仏教側の堕落に対する反感も見逃せないと、著者は指摘しています。

 個人的に見聞したところでは、6、7年前、山陰を旅行して鳥取県のある大きなお寺を見学した時に、ご住職から「この地域は明治の時、廃仏運動が盛んで、当寺も廃絶させられそうになったが、神仏混淆の修験道の寺であったことから神社でもあるとして辛くも免れた。神社であると見せるために(実は寺なのだけれど)参道に鳥居が建てられて今に至る。」というお話をうかがったことがあります(たしかに大きな鳥居がありました)。そのお寺の近隣には他にいくつもお寺があったそうですが、みな廃絶されてしまったとのことで、跡地に立ち寄ってみてもかつての様子を想像することもできないただの山野同然の場所になっていました。

 その後行ってみた隠岐でも廃仏運動は激しかったそうで(本書でも紹介されています)、平安時代に流された小野篁が寄寓したお寺の跡があるというので行ってみたら、案内板に「明治の廃仏毀釈により元の堂宇は焼失」とあり、「なんと、もったいない!」と思ったおぼえが。

 このようにして失われた由緒ある寺・仏像等は数しれず、廃仏毀釈がなければ国宝は現存の優に3倍はあったという意見もあるほどで、まったく情けないくらいもったいない話です。

 著者はジャーナリストであると同時に僧侶でもあるとのこと。なるほど。