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開店休業の記

今日の本

やわらかな遺伝子

 「やわらかな遺伝子」(マット・リドレー:著 中村桂子・斎藤隆央:訳 早川書房)、読了。

 原題は "Nature Via Nurture" で、"Nature Vs Nurture" というあちらではよく使われる言葉からきています。"Nature Vs Nurture" は、つまり「生まれか、育ちか」というような意味合いで、人間の本性にはどちらが重要なのか、しばしば論争の種となりますが、原題はこの言葉をひねって「育ちを介した生まれ」と置き換えています。過去の論争の展開と現在までの研究の成果を紹介しつつ、著者は生まれと育ちは二項対立ではないとしています。

 よって、遺伝子の話題だけが取り上げられているわけではありません。社会学や動物行動学に精神医学・・・、自由意志の有無にも踏み込みます。話題が豊富すぎて、ややまとまりを欠いていますがおもしろい。

 読みながら思ったことが一つ。

 遺伝子がその機能を発現するかしないかが、その遺伝子をとりまく環境に左右されること(本書でも重要なポイントとしてたびたび挙げられています)がわかってきて、単純な遺伝子決定論は退けられるようになりましたが、そうなると例えば代理母の問題はどう考えるべきなんでしょう?

 以前なら、代理母から生まれる赤ちゃんの遺伝上のつながりは実の父母(受精卵のもととなる精子と卵子を提供した人)のみにあり、代理母は言ってしまえば「お腹を貸すだけ」でまったくの他人、と言い切ってよかったかもしれませんが、受精卵の状態から細胞分裂を繰り返して成長し出産までに至る段階、つまりその遺伝子にきわめて重要な影響を与える環境(子宮)を提供する存在であるのに、果たしてそんなふうにとらえてよいのだろうかと・・・。